『おかあさんとあたし。』(ムラマツエリコ、なかがわみどり)~私とお母さん

「おかあさん」
「ママ」
「おかあちゃん」

小さな子どもが母親を呼ぶ舌っ足らずな声は、まあるくてやさしい。そんな風に感じます。

私たち大人が母親を呼ぶときは、甘えたいような、そうでもないような「お母さん」。

今回は、そんな大人に贈る、ムラマツエリコ・なかがわみどりの絵本、「おかあさんとあたし。」の紹介をします。

おかあさん

■ 「おかあさんとあたし。」の内容と魅力

この絵本にストーリーはありません。登場人物は「おかあさん」と「あたし」だけです。その二人が織りなす「ほんの些細な日常」が、この絵本のテーマとなっています。

おかあさんにリップクリームを塗ってもらうあたし、頬と頬をくっつけあう二人、足踏みしながら、

「おかあさん、おかあさん」

と話しかけるあたしに、

「おしっこ行っておいで」

と声をかけるおかあさん。そんな日常を、シンプルなタッチの線画で表現されている絵本です。

著者のムラマツエリコ・なかがわみどりの両氏は、この「お母さんと子ども」のデザインを得意とするイラストレーター兼デザイナーであり、このシリーズは絵本の他にもポストカードなどでの販売を展開しています。

「おかあさん」はいつも、笑っていたり怒っていたり、絵を描いたり手を振ったり、何も特別な事はしていません。子どももまた、おかあさんが大好きな子ども。それだけなのに、ページをめくっている内にだんだん胸が熱くなってしまいます。なぜなのでしょう。

■ 「おかあさんとあたし。」が絶賛される理由

女優の新垣結衣さんが、「おかあさんとあたし。」を紹介した事で話題になった事があります。新垣結衣さんも、

「懐かしい気持ちにさせてくれる」

「読みやすいけどグッとくるものがある」

と評していました。この絵本の帯コピーには「大人になっちゃった自分にあげる本」と書かれています。

この絵本が高く評価される理由は、”過ぎ去った自分”、”もう戻れない自分と母親”が描かれているからこそ、たくさんの人を感動させているのではないでしょうか。

たとえ今、母親と近くにいても、仲良く暮らしていても、あの幼少の頃の「一心同体」といった感じの濃厚な時間は、もう二度とありません。その事が分かっているからこそ、過ぎ去った時間を懐かしくもさみしく思い出すのかもしれません。

この絵本を読んでいるうちに、次第に涙が出てしまうのは、この絵本に描かれている”あたし”と”おかあさん”が徐々に自分の子どもの頃と重なってしまうから。私の子どもの頃もそうだった、おかあさんはこう言ったっけ…そんな風に、忘れていた記憶を思い出させてくれる絵本だからなのではないでしょうか。

私たちは、この思い出を誰に伝えてあげたらいいのでしょうか。そう思いを馳せると、”あたし”の目線で読んでいた「おかあさんとあたし。」は、将来は”おかあさん”の視点で楽しむ事が出来るかもしれない、二重にオトクな絵本かもしれませんね。

■ 次の世代の「おかあさん」へ

母親が子どもを手にかけるという悲しい事件が多く起こっています。その逆も然り。一体私たちに何が起きているのでしょうか。

この絵本のような、ほのぼのとした、けれども優しい時間は、今の時代には合わないのでしょうか。

私は、そうではないと信じたい気持ちでいっぱいです。物心ついてからのたった数年の記憶が、私たちの心に何十年も住みついて、大人になってしまった私たちの胸をあたたかく打つのです。この気持ちはきっと、人間が持っていなければいけない大切な感情であると思います。

大人になった自分、母親になった自分や誰かに贈りたい、壊れ物のように大切にしてほしい絵本を紹介しました。ぜひゆっくりとページをめくってみてください。帰れない子どもの頃の自分と、おかあさんがそこにはいます。